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クリストフ・ショー
これは、哲学や思考実験でのお話ですが、
こんな考え方があります。

自分の見えている部分だけが存在している
世界は自分の視界である

そんな考え方が。



これはどういう事かと言うと、

この世界というのは自分しか存在しない、
もしくは、この世界は自分が認識しているから成り立っている。

故に、世界と言うのは自分が認識している範囲にしか存在しない。



どこか違う国のニュースがテレビで流れている。
しかし、それは本当にあったことなのか?

目の前を歩く人、道を曲がって見えなくなる。
その人は見えなくなった瞬間、存在しなくなるのではないのか?

頭の後ろは見えない。
なら、何故存在すると言えるのか?



論理としてこれらに対して反論することって可能なんですかね?

私の母親、今まで出会った友達、
それらですらも、私が見ている時にしか存在しない、そんな存在なのではないか。




・・・とまぁ、そういう考え方ですよ。

水槽の脳

という言葉で言われることもありますね。

自分が体験している世界は、
どこか違う世界で水槽に浮かんだ脳みそが見て(感じて)いるだけの
バーチャルリアリティである。

という考えですよ。



映画の『マトリックス』なんかもそんな感じのお話でしたね。

他に、私の知っているところでは、
手塚治虫さんがそんなことを題材に漫画を描いていたように記憶していますよ。

小学校の図書室で読んだ記憶があります。




まぁ、なにせい、

本当は自分だけしかこの世界には存在せず、
他人は全てプログラムされただけのような存在、
世界は箱庭。

そんな考えと言うのはね、
誰しもが一度は考えるものですよ。

しかし、それを否定するのは、誰にもできはしない。





・・・意外と本当なんじゃないですか?

私以外はみんな作り物。
いや、作り物とは言わない、人は役者、物はセット。

そんな大がかりなものはいりませんよ。
私は旅行とかにはあまり行きませんからね。



・・・いや、旅行に行ったって構わないですか?

電車や飛行機、
地面が揺れて、窓の外の景色が動いていたら、

私は乗っていると、
乗ってどこかに移動していると錯覚するでしょうから。

後はその間に舞台を整えればいい。
それで私はアメリカにだってアフリカにだって行った気になるでしょう。




・・・そうしておいて、私に何をさせるのか?
映画『トゥルーマン・ショー』のようにテレビに映して楽しむのか?

誰にも否定できないのが恐ろしい。



まぁ、もしそうだとするならば・・・










とりあえずお子様には見せちゃダメだぜ?










暇さえあれば一人で遊んでるからさ。





PS.ちなみにさ、俺のクリストフって名前、トゥルーマン・ショーから取ったんだ。


B00170LCMMトゥルーマン・ショー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2008-06-20



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コメント
この記事へのコメント
似たようなので世界5分前仮説とかありましたね。否定はできないけど、なにか恐怖を感じるので否定したいですw
2014/03/13 (木) | URL | らじお #-[ 編集]
懐かしいですねぇ。
哲学的思考実験。よく4年間精神がもったものだ。
仮に、自分以外の世界がないとしたら、なぜ自分の世界はあると言えるんでしょうかね。
もし自分の世界があったとして、それはどこから生まれてきたのでしょうね。
まさか、無から有は生まれまい。

・・・かな?
2014/03/13 (木) | URL | 百代 月日 #-[ 編集]
経験したことだけが自分の世界
こんにちは
観ても聞いてもそれは自分の世界とは言えない、ノンフィクション、体験したことだけが自分の世界のような気がする。そうでないものは、誰かの世界ではないでしょうか。
いくら説明されても、食べてみなければ食感も美味しさもわからない・・・

少しずれましたかね。私には難しい!でした。
2014/03/14 (金) | URL | 夏ちゃん #-[ 編集]
哲学でいう独我論ですね。誰でも一度は足を踏み入れる、まあ『厨二病』みたいなものです(^^)

論理的に反論は不可能ですが、

「それじゃ生きてくうえでやっぱりダメじゃん」

というのがとりあえずの結論で、独我論をどうクリアしていくかに、さまざまな哲学者たちの知的努力が注がれるわけで、そこらへんが面白くなってくると、哲学の深みにズブズブと入っていって、わたしみたいなダメ人間の出来上がりとなります。


……シャレになってねえ∑(゜゜;)
2014/03/15 (土) | URL | ポール・ブリッツ #0MyT0dLg[ 編集]
トゥルーマン・バーバンク
>>らじおさん
そういうのもありますね。
まぁ、昔からというか、誰でも一度は考えることだと思いますので、

色んなものがあるでしょう。


>>百代 月日さん
懐かしい、とか、4年間、と言うのはアレですか?
大学の話ですか?

まぁ、それはいいとして、
私は4歳くらいからの記憶がかろうじてありますが、
逆に言うと4歳までの記憶は全くと言っていいほど残っていません。

ならば、それまでの私は存在しなかったと言っていいんでしょうかね?


>>夏ちゃんさん
人間の記憶や感情と言うのは、
脳内での電気信号であるという話があります。

もしそうならば、それを保存・複製することもいずれ可能になるでしょう。
ならば、複製された記憶や体験は、誰のものになるのでしょう?


>>ポール・ブリッツさん
へぇ、否定することが可能なんですか?
私はそれきいたことないですね。

死んだときにわかるとか、そういう事以外に思いつかないですよ。
2014/03/18 (火) | URL | クリストフ #Gunbb4dY[ 編集]
「宇宙にいるのはおれの意識だけ。すべてはおれの意識が見せている幻のようなもの」という独我論を否定することは不可能です。同時に肯定することも不可能なのであります。

哲学ではよくあることですが、一種の、「それをいったらおしまいよ」みたいな論ですね。否定も肯定もできないんだから、「それに関わりあっていてもしかたがない」論だ、というわけです。

だから存在するのは意識だけなのかどうかはカッコに入れておき、われわれの認識する世界の中で「他者」をどう位置づけ、どうかかわっていくかを考えたほうが生産的だろう、というのが17世紀以来の基本的な流れです。

デカルト、スピノザ、ライプニッツ、ロック、バークリ、ヒュームといった当時の哲学者たちがどうやって独我論の誘惑から身を守ろうとしたか、西洋哲学史のそこらへんを読むと、どきどきするより先に眠くなってくるのがなんですが……。
2014/03/21 (金) | URL | ポール・ブリッツ #0MyT0dLg[ 編集]
クリストフ
>>ポール・ブリッツさん
返信書かれているのを今まで気づきませんでした。
申し訳ない。

しかしまぁ、そうなんですねぇ・・・
どうしようもないからほっとけってのが結論ですか。

まぁでも、自分がいなくなっても世界が続くと思わなければ、
何をしたって無価値ですからね。

死ねば終わりなら私は今すぐ死にますもん。
2014/04/04 (金) | URL | クリストフ #Gunbb4dY[ 編集]
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